釈尊の生母摩耶夫人が、出産のため生家に帰る途中、ランピニオンの菩提樹の樹の下で釈尊を生んだ。
旅の途中にもかかわらず、釈尊は安産で無事に生まれでた。このことから菩提樹を無憂樹と言い、その華を無憂華と称する。
転じて人においてどのような境遇であろうと、清い心を持ち神・仏の道を歩くことで憂いに汚されることの無い人生をおくることをも意味する。

このホームページが常に無憂華を志向する救いとなればと願います。
「無憂華(憂い無き華)の如き人生を生きるために」


 vol.003  イージス艦衝突事故について

   憤懣やるかたなき事故としか言いようがありません。
 報道される事故や事件は、国内外を問わず傍観者にならざるを得ず、自分のことのように嘆き悲しむことはできません。安否を気遣う家族の方の気持ちとも同じにはなれません。

 関係者には、いたたまれない日々が続き1週間で捜索が打ち切られてしまいました。  捜索に奔走した仲間達は、悲痛な声を上げているのに。  彼らは我ことのように嘆き悲しみ、そして怒った。  心中いかばかりか察するにあまりがありすぎます。

 以前「亡国のイージス」という映画があったことを思い出しました。全く関係のない話ですが、次々に明らかとなる事実に愕然とし、亡国と言う言葉が想起されたのです。  日本は、一体どうなっているのでしょうか。  あれほどの漁船が行き交う海域で、我が物顔にふるまっていたイージス艦。  今回のような惨事は、起こるべくして起こったのではないでしょうか。  常に漁船の側で危険を察して、イージス艦を回避せざるを得ない状況下での航行を余儀なくされていたと考えられます。

「板子一枚下は地獄」と形容される過酷な仕事は、海や天気に大きく左右され自然に翻弄されながら、しかしまたそれを甘受し、自然に寄り添い与えられる恵に感謝をします。  地獄と形容される恐るべき自然の驚異での事故ならいざ知らず、また自らの過失ならいざ知らず、国土国民を守るという大義を掲げた自衛隊によって起こされた事故です。  嘗て、五族協和による大東亜共栄圏の名のもと、担ぎ上げた天皇を隠れ蓑にして国民に圧政をひいたこの国の悪霊は、根強く温存されていると言えます。

 防衛庁から防衛省に格上げされましたが、そもそも防衛省あるいは政府に日本の国民を守り国土を維持しようとする理念が存在しているのでしょうか。ありはしないと思います。 証拠は山ほどあります。一つに他国からの侵略を防ごうと思う国が、食料の自給率を40%にも満たないような状態を作るのかということが象徴しています。金儲けに奔走して他のことは無視しています。悪霊に魂を売ったのです。

 敗戦後60数年、平和に対する観念は歪んだままです。腑抜けになった国民の中にまたぞろ悪霊が頭をもたげてきています。  大袈裟な論でお茶を濁そうとしているのではありません。  今回の事故は、我々を取り巻いている危険な状況を教える大きな警鐘です。  大小、目的の差異は関係なく「板子一枚下は地獄」を共有するはずの同じ船乗りが、漁船に対して敬意を払うどころか虫けらのように扱ったのです。

 家族や仲間達だけでなく、我々も怒らなければなりません。  今、絶望的ではあろうがせめて発見されることを祈るばかりです。



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