釈尊の生母摩耶夫人が、出産のため生家に帰る途中、ランピニオンの菩提樹の樹の下で釈尊を生んだ。
旅の途中にもかかわらず、釈尊は安産で無事に生まれでた。このことから菩提樹を無憂樹と言い、その華を無憂華と称する。
転じて人においてどのような境遇であろうと、清い心を持ち神・仏の道を歩くことで憂いに汚されることの無い人生をおくることをも意味する。

このホームページが常に無憂華を志向する救いとなればと願います。
「無憂華(憂い無き華)の如き人生を生きるために」


 vol.006  NHKドラマ「ちりとてちん」と関西落語ブームについて@

   3月に終了したNHKの朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」の影響で関西落語ブームが起こったと聞く。NHKの朝ドラは数年に一度優れたドラマを見せてくれる。
 近年では、「こころ」「純情きらり」が印象に残る。
 今回の「ちりとてちん」もよくできたドラマであった。
 実力のある役者が、脇を固めたというような単純なことではなく、それぞれが主役であり、落語をモチーフとした自立劇を巧みに見せたことが光った。

 通常ヒロインを軸に物語を紡ぎ出すのだが、「ちりとてちん」では、主役の貫地谷しほり演じる落語家わかさの半生を狂言回しに使いながら、エピソード毎にそれぞれの登場人物の生き方を切り取って見せる手法をとる。ドラマを作るのに登場人物の性情としてのマイナス面は極力控えて、唯一容易に克服できないトラウマを科されているのがヒロインであり、終末にいたってようやく目覚めるという筋立てをとっている。

 なかなかに手の込んだシナリオで、幾重にも仕掛けを施し、週毎に落語に仮託した物語を序破急で組み立て、螺旋状に物語りがステップアップする。母性愛がテーマとなっているのだが、従来描かれることのなかったスケールを感じる。恐らくヒロインの母親を演じた和久井映見の演技力の賜物であろう。彼女の演じた母親は正しく太陽のような母性愛を放つ。

 私見だが、このドラマは「うさぎとかめ」の話を思わせる。  「うさぎとかめ」の要諦は、目的の捉えかたを間違えるなという寓意にある。

 うさぎは、かめに勝つことを目的とし、かめは目標に到達することを目的とした。従ってうさぎは軽んじたかめに油断して先を越された。うさぎはかめを見て、かめはうさぎを見ることはなくひたすら目標のみを目指した。ドラマを見られていない方はわからないことだが、ヒロインのライバルとの葛藤をそう描いている。

「ちりとてちん」のヒロインは、さらに出来の悪い、言い換えればかめに徹しきれないかめとしてキャラクターされている点に妙がある。うさぎに憧れるかめである故にトラウマを持ち続け、アイデンティティとしての母親の母性愛に気付くまで時間を要する。落語と同様に大きなモチーフとして若狭塗り箸をすえているのだが、磨いて光輝くものは、努力して塗り固められたものしかでてこないと言わしめる。ひたむきに生き、皆を分け隔てなく照らす太陽の如き母親の象徴として若狭塗り箸を置く。落語修行を通して、ヒロインが自立する姿を描いた傑作なのだが、落語が上方落語であるのとドラマ運びが上方的であるためであろうか、関東での視聴率は悪かったようである。無理からぬことではある。江戸と上方では、落語はいうに及ばず芝居、舞踊全て異質である。現代ではさほど区別されなくなり、また融合され同じネタや狂言が演じられるのだけど厳然として違いがある。

          次回に続く。 。



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